運命の女の子|ヤマシタトモコ【全1巻】
美しい少女の殺人犯と取り調べを行う女性刑事のお話『無敵』と、
初恋か執着か、引きずり続けている青年のお話『君はスター』と、
成長の通過儀礼として「呪い」が浸透した世界で、唯一呪われなかった少女と少年のお話『不呪姫と檻の塔』
の3編作品からなる、短編集になるのかな?
こちらはBL枠と言うよりは青年漫画枠に近く、ヤマシタトモコさんの幅広い作風をまとめて楽しめるような作品集です。
もうね。サスペンス風味からリリカルなショートムービー風味からボーイミーツガール風味まで余すこと無く楽しめるんですよ。
『無敵』
1作目の『無敵』がさ!!!
すっごい怖くてさ!!!!
この怖さ堪らん。
さんかく窓の外側は夜の中の、ホラー風味が好きな人ならすごく好きなんじゃないだろうか。
そうだね私だね。
「怖い」の表現は多々あるものだと思うけれど、
『無敵』の怖さは、何しろこの美少女(※表紙の少女)の半端ない「人外感」にあると思う。
人外モノやファンタジーモノが好きで、BLに限らずまずそういう方向に食指が働くのだけど
何故好きかって言えばそこに文化差があるからです。
当然と思っているものが異なったり、まったく想定外の何かが当然のように行われたり。
特に好きなのは、人の形をした人外。
同じ形をしたものから発せられる、あまりにも想定外な文化差が大好き。
そしてこの『無敵』は、その「似たものから発せられる圧倒的な違い」が凄まじい。
今思えばこの文化差は、さんかく窓の冷川さんにも強く感じる。
同じ形をしているから同じように近寄れば分かるかもしれないと思うのに、
立ち位置や見ているものというよりも、もう構成しているものからして違うのではないかと思い知らされるような強烈な違和感。
『無敵』は、この強烈な違和感からくる恐怖に振り切れてる。
中でも堪らなく好きなのは、少女の供述と回想の乖離。
淡々と被害者とのやり取りを思い出しながら話す少女の口調は穏やかで少女らしさが残るのに、
回想シーンで流れるのは殺人シーンで、また少女の自信に満ちた反応ときたら。
嘘をついている焦りも罪悪感もなく、白々しさこそあるものの、
正解も不正解も力技で押さえつけるような少女に圧倒されてしまう。
ひとつひとつの会話は世間話に近いようなトーンなのに、場の空気の主導権が明らかに少女に移っていくところに背筋が冷える。
そしてタイトルの『無敵』が秀逸だなぁと思う。
殺してきた相手もその罪を問う刑事さんも敵ではないんだ。
正しいも正しくないもない、少女は無敵だから。はじめから味方も不要な無敵。
『君はスター』
他の短編集でもびりびり感じる、うまくいきそうでいかない塩梅が
絶妙な三角関係で描かれてる作品です。
ヤマシタトモコさんの作品でも特に好きだなあと思うのは、
うまくいかない塩梅や理由を、登場人物たちがきちんと自覚してるところ。
しかもうまくいかないように登場人物たちが意図的に調整しているところ。
うまくいかないことで成り立つ関係があって、
そこから生まれるちょっとした優越感もある。
100%真っ当で健やかな関係とは言い難いのに
だからといって決裂するほどのものでもない。
こういう危うくて、切ない関係性の描き方が本当に好きだなと思う。
言い方が良いかどうか分からないのだけど、
20分くらいのローカルな和製ショートムービーだとか、魚喃キリコさんの作品にあるような
リリカルな雰囲気に満ちてる。
『不呪姫と檻の塔』
ボーイミーツガールが好きかい。じゃあコレだよ。
結構特殊な世界設定がしてある作品です。
人々には「呪(スペル)」が生まれた時から与えられて、16歳になると解呪の試練があります。
その呪の大きさは即ちその人の成功を暗示している、という設定の中で、
呪を与えられなかった少女が主人公です。
何ともややこしい説明しか出来ないけど、この辺りの世界設定はとても分かりやすく作中で描かれてます。
特殊な世界ではあっても、この設定はあくまであって舞台であって
物語の根幹にあるのは 呪 を通した 「ここにある意味」。
つらい試練を通り抜けたのだから自分には意味があり、
これからの人生には、つらいことに見合うだけの価値があるのだと。
呪はひとりひとりにすべきことを実に分かりやすく示します。
もうね、登場人物のポジションがすごく良い。
特殊な舞台設定の中で、それぞれから見える世界がまったく違うのが、すっごく良い。
呪がないことに意味を求める少女と、
呪があることで自分の不幸に意味を付けた人と、
呪をかけるために延々と閉じ込められてきた血族と
唯一、呪への特効薬を持ち得た少年と。
生きる意味って何だ、って方面に振り切れることも出来るけど、
でも私が一番この作品で好きなのは、やっぱり ボーイミーツガール なんだよ。
呪と対をなす特効薬はまさにこのボーイミーツガールでなければ生まれなかったっていうところがすごく好きで、すごく爽やかなんだ。
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