moon river|本郷地下【全1巻】
ヴァンパイアの話だよ。
もうあらすじの情緒をガン無視した表現だね。
絵本作家を目指す主人公と、幼い頃に出会ったヴァンパイアのお話。
疲れた夜、眠る前に読むと何かすごい切なくて幸福な気持ちで眠れる作品なんだ……。
本郷地下さんは、「ふくふくハイツ」がまた最高に可愛らしく、
この生活風景の描写が堪らないほど大好きで作家買いした作品でもあります。
moon river でもその生活感が発揮されているところが大好き。
本郷さんの生活感の魅力は、単純な「生活描写」ではなく、
「そうやって暮らしてきたのだ」という片鱗に強く感じます。
煙草を吸い、毒素抜きのタブレットを溶かした水で陽光抑制剤の錠剤とカプセル状の血液を飲み込み、
新聞を読んでニュースを見て、人のように眠るヴァンパイア。
この時点で堪らなくないですか。私は堪らない。
笑い、生活費を稼ぎ、眠り、起きて過ごす姿が馴染みすぎて
けれど彼はこの姿のまま数百年も前から過ごしていて、これからも数百年過ごしていくのだろうかと思い気付いた瞬間の、まるで眼前にあらわれた絶壁のような断絶。
漏れる寝息すら、ヴァンパイアである彼には不必要なのではないかと思うと、
では彼には何が必要なんだろうと思わずにいられない。
moon riverで最高に好きなところは、はじめから「別れ」が前提であるところ。
別れるためにヴァンパイア・クレアは主人公の元を訪れて、
まるで思い出だけが残るように居なくなる準備をしている。
それが作品の序盤からひたひたと感じられて、作品全体がどことなく切ない。
近づけない距離があることが前提で進む物語です。
近づけない距離を持ちながらも、だからといって決して混じることが出来ない絶望の距離ではなく
ではどのように混じっていくのかに目が向けられたとてもとても優しい視点。
このまま共にあることは出来ないとしても、形を変えて何か届くものがあるのだというエンディングがすごく好き。
人外長寿モノがすごく好きなのは、きっとこの答えがあるからなのだと思わせてくれた。
違う場所にいるから共にあることが出来ない。
けれど違う場所にあるからこそ、そこからでしか届けられないものがある。
共にあることだけが唯一の正解ではなく、もしかしたら共にいること以上に幸福であるのかも知れない。