因果の魚|新井煮干し子【全1巻】
新井先生の作品は後書きに「こういうテーマが書きたかった」というのがたいていあって
その都度にものすごい納得感があります。
因果の魚は従兄弟の二人組が主人公です。
パッと見ると、溌剌とした逸成君に物静かな涼一君で、
こう言ってはなんだけど、役割分担というか立ち位置というか、そういう分かりやすいものがありそうなのに
Chapter1を読んだだけでうっすらと感じる妙にいびつな関係性。
rentaさんのジャンルタグには「主従関係」が入っていて(そしてそれにホイホイされて)
確かに逸成君と涼一君の間にあるこの妙な力関係は主従と呼べるような気もするんだけど
それにしてはなんだかすごく危うい。
よくSMだと、SはサービスのS、MはマスターのMという説もあって、
その役割と本質的に求めるものが逆転しているケースがあるのだけど、
この2人に感じるのもそれに近いんです。
逸成君は確かに社会的な立場でも性格的な面でも明らかな「主」側。
でもその主を主たらしめるには「従」である涼一君が必要なんだよ。
そしてそれは涼一君にも言えることで、彼が逸成君の隣にいるために必要な「従」のポジションは、
逸成君が「主」でなければ成り立たない。
ね、何かこう……複雑だろ……!!!
新井煮干し子さんの描く、こういう一括りに出来なくて役割が入れ替わりながらギリギリ成り立つ関係性すごく好き。
パッと見ればまるで自分がなく逸成君に追従する涼一君の言動が目立つのだけど、
とても巧みにそう「仕向けて」常に正面にあるように立たせている逸成君もなかなかのもんだよ。
すごいんすよ、手綱の握り方が。
受け入れる素振りを見せながら、もう一歩先には進ませないように止めるし、
お互いに謝りあうような分かりやすい仲直りなんてさせない。
この2人の初期設定については、新井先生が後書きでも言及されてます。
もはや出会うことが生まれる前から決まっていた2人、という感じで。
追従するなと言うその側から、何もするなと支配する。
卑屈になるなと言うその口で、ひとりでは何も出来ないだろうと確認する。
もし彼らが、それこそ学生時代にただ出会ったのであるなら、
それまでに培った何かや、互いを知らない期間を間に挟んで相手と向かい合えただろうに、
2人は同い年の従兄弟同士なんですよ。
幼馴染よりも深い、同じ血がどこかに流れている半身に近い存在なんですよ。
因果の魚の魅力は、この合わせ鏡の半身だから成り立つ関係なんだよ。
合わせ鏡だから、そこに奥行きがあってはならないし、
必要以上に映し出すこともあってはならない。
そして本体を写し取るだけで、決して本体になることは出来ない。
半身に近くはあっても正しく半身になることなんて無理な話で、
同じ何かを体内に抱えながら立つのは己の持ってる二本の足でしかなくて
それを知ってるのは追従しながらも「君の『隣に』いたい」っていう涼一君っていうのがさああああ
すごく良いよ。良いと思うんだよ。
同一ではないんだよ、涼一君にとって逸成君はあくまで逸成君という生き物なのに、
逸成君にとっての涼一君は自分の合わせ鏡で自分の半身なんだ。
冒頭に書いた主従関係にしてはやけに危ういという感覚は、
役割や力関係としては主従に近いのに、その認識の違いがずっと付きまとうから。
まったく意思がないように逸成君に付き従う涼一君の姿は確かに盲目的ではあるのだけど、
追ううちに不器用なりの恋心だと見ることも出来る。
恋心なのかあ? ほんとかあ? という気もしなくはないのがまた複雑で難しいんだけどさ…。
そんでも危うさを盛り上げてくれてんのは、支配欲とも恋心とも付かない逸成君側にあると思うよ。
強いてあげるなら、所有欲になるんだろうか。
自分に追従するひたむきさに煽られる苛立ちだとか、
できの悪い自分を見ているような居心地の悪さと、けれど確かにそこに自分を見出してしまうどうしようもなさだとか
友人よりも近くて肉親よりは遠い中途半端な血の繋がりだとか、
それなのに向こうには向こうの、こちらにはこちらの人生があり、
本当は生まれた時から分かたれてはいたのだという
あまりにも分かりきっている筈のものすら見失うような近さであるとか。
この2人の関係を見てるとその距離感が測れなすぎてクラクラする。
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