蟷螂の檻|彩景でりこ【5巻】
薄暗く鬱屈したものが好きなら、是非見てみて欲しい。
座敷牢に囚われた美しい白痴の兄と、どこまでも兄の代わりにしかなれなかった弟と、
兄を憎む弟がゆるゆる手の中でもがいて壊れてくのを愉しみにしてる下男。
さらに、己の出生から理不尽に虐げられてきた青年も、兄の付き人として完備されています。
な、もうどこ切り取っても薄暗くて鬱屈してるだろ!!
舞台は昭和初期。
家の名前が個人よりも余程根深く権威を持っている時代の話です。
名家の長男として生まれながら幼い日の出来事で、そのまま精神年齢が止まった美しい兄と、
母の望みのまま名家を継ぐべく家と血縁に延々と囚われている弟。
しかしながら、家も父も母の執念もすべて兄に向かうばかり。
殺したいと泣きながら、そこまで手を下せるほどの度胸は持ち得なかった弟の
最後の砦のような理性が実に危うくて健気ですらあるし、
その理性すら家と母の呪縛で支えられているのが実に拗れていて堪らない。
弟の姿は、淡々としてとても美しい。
諦念がもはや性根に染み込んでいながら、
家の跡取りとして正しい姿なのか惑い縋る先をおどおどと探っている様子が、
嗜虐心をものすごく煽ってくる。
少し突付けばあっさりと手中に落ちてくるんだ。
それも罪悪感や背徳感を持つ聡さはそのままに落ちてくる。
そりゃ可哀想で可愛くて仕方ないだろう。
もう何が好きって、
全部寄越せ
のスタンスだけで生きてる典彦さん(弟家の下男)ですよ。
作品全体に色濃くあるのが愛憎劇のどろどろとした空気なんだけど、
この愛憎劇、ひとりから発せられるものではなくて、
愛を典彦さんが、憎は弟の育郎さんが担ってるように見える。
っていうと、兄への憎悪に満ちた育郎さんを典彦さんが愛で包むみたいな字面になってしまうのだけど
決してそんな優しい関係じゃないです。
育郎さんを甘やかして慰めて突き放して
縋る先も絶望に値するような信頼も全部自分だけで構成されて欲しいっていう
そういう愛し方なんですよ。
育郎さんから発せられるすべてのものが自分で満たされて自分に由来して自分に向けば良いし、
執着も絶望も全部自分に寄越せっていう愛し方。
果たしてこれは愛なのかと過ぎらなくもないし、
もうこれすでに育郎さんを取り込んで喰らおうとしてるようにすら見える。
何か典彦さん見てると、愛とは何だみたいな禅問答に足を踏み入れてしまうよ。
ちなみに現在も順調に育郎さんは典彦さんに取り込まれながら、3巻まできてます。
※5巻で完結しました
で、弟組の爛れきった状態の主従もありながら、
兄の蘭蔵さん組にも主従があるよ!
蘭蔵さん組は、今じわじわと変化をしてる途中という感じ。