夜はともだち|井戸ぎほう【全1巻】
私はもしかして、SMの話が好きなのでは……?
ゲイでドMで表情や表現が色々乏しい飛田くんと、
興味から似非Sとして関係を続ける真澄くんのお話。
別に痛々しいものが好きな訳ではないし、自称ドSには脳内警察が騒ぎ出して面倒なことになります。
因果の魚の感想記事でも少し書いたけど、私がとても好きなのは「サービスのSとマスターのM」の概念。
ここに反応出来るSMはすごく好きです。
もしかしたらとても単純に、ただいたぶる・いたぶられるという一方的で暴力的な力関係に見えないことに安心するのかもしれない。
そして「夜はともだち」は、サービスのSがそのサービス精神の元にマスターのMが望むように演じている姿が描かれています。
良いなあと思うのは、飛田くんは自らの性的指向についてもシンプルなものとしては理解されにくく、理由が求められることも知ってるところなんですよ。
でもそんな理由なんてどこにも無くて、それこそ持って生まれたものとしか言いようがない。
理由なんてもう本能によるものとしか言いようがないのに、そこに理由を添えなければ自分は楽しんではいけないのかっていう吐露するシーンがすごく好きでさ。
ちょっと横道にそれてしまうけど、その人が何に興奮して何を喜ぶかなんて、本来理由を問う方が不躾かもしれない。
それでも理由があればもう少しは分かりあえるのではないかと思ってしまうんだよな。
理由を聞くことそのものが、すでに理解から離れているのだとしても。
この揺るがないMの飛田くんと対象的に、変化していくSが真澄くんなんです。
人当たりが良くて笑顔を絶やさない真澄くんはそれこそサービス精神に満ちていて、
そのサービス精神の元にSとしての役割を全うしようとしている。
はじめこそあくまで飛田くんの望むものを演じているのに、
徐々に見えてくるのが『誰かを掌握する』愉しさで、
その先には『彼を掌握したくない』っていう真澄くん自身の願望がある。
望むものには応えたい、応えたいのに彼は自分の本当に望むようには動いてくれない。
願望の裏返しになった八つ当たりですら飛田くんはルールに基づいたプレイにしてしまう。
すごく好きなのはね、
サービスのSの”サービス”箇所が崩れた時、もう触れるのが恐ろしくなってしまうっていうところ。
求められている役割以外のものを相手は望んでいないことが分かってしまうと
途端に力加減が分からなくなってしまう。
もう”サービス”は出来なくなってしまう。
サービスが出来なくなってしまえば、もうSとMの関係ではいられなくてそれでは関係そのものが続けられない。
この、行為こそ合致しているのに真逆に分かたれていく経過がすごく良い。すごく良い。
サービスとマスターから成るSMが好きなのは、この明らかに変容していく力関係が見られるからだよ!!
まるで変化をしていないように見える飛田くんにも変化というのはあって、
その微細な変化が繊細に描かれてるところがもう堪らないんだよ。
このページだけでずっと手が止まってしまう。
真澄くんに殴られた傷から出た血が真澄くんの口の端にうつって、
それを「痛々しい」と擦るこのシーンで何度も手が止まっちゃう。
痛々しいって!
痛々しいって、思うんだよ、飛田くんが!!
痛くしてくれて構わないし、土下座もどちらかといえば喜びながらする飛田くんが、
真澄くんに付いただけの血を痛々しいと拭き取る。
これ素晴らしくないですか。
何度も言うけど別に真澄くんの怪我ではないから真澄くんが痛い訳じゃないんです。
そして痛そうだから拭き取るんでもないんです。
のこった血の跡に痛々しいと思うこのシーンにとても心惹かれてしまうのは、
はじめて真澄くんに触れて、はじめて真澄くんの痛みを思うシーンだからなんだ。
自分の快楽で主導権を握っていた飛田くんが、はじめて見せたマスターではない姿なんだよ。
ここからラストに向けてが本当に、詩のように美しい。
私このラストの前に、飛田くんはどうして離れてしまうんだろうって思ってた。
結局守ることが出来なかった約束だけを残して離れたのは何でだろうって。
いつだって主導権を握っていたのは飛田くんなんだよ。
だって彼はマスターだから。真澄くんはあくまでサービスをする奉仕者だから。
本当はもっと前に真澄くんは奉仕者からは離れていたのに、飛田くんはマスターのままだった。
でも離れる選択肢を持って、はじめて飛田くんがマスターから抜け出したんだ。
必要だったのは、マスターではない飛田くんとしてもう一度あらわれることだったんだ。
再会を果たしたあとのふたりの様子はとても穏やかで、
とにかくじんわり感じ入ってしまうのが、「真澄がこういうの好きだと思って」って
飛田くんの口から出てきたこと。
飛田くんの持つ嗜好は多分そのままだし、真澄くんも望まれるように奉仕者になるのだろうけど
何というか「そういう面もある」っていう多様性を持ったように見えて、
すごく関係が安定して見えるんだ。